柏崎トルコ友好協会
会長 高橋篤一
さる3月9日に柏崎トルコ友好協会総会が柏崎市鯨波『ホテル メトロポリタン松島』で
催されましたが、ゲストで御越しのトルコ大使館幹部の皆さんは空き時間を利用し、
柏崎地方の企業訪問でお菓子製造メーカーの『㈱ブルボン』様 本社工場を訪問見学
されました。実はこの計画は昨年3月11日に実施の予定でしたが、東日本大震災で
中止となり今年に延期されたものです。
当日は 柏崎トルコ友好協会主催の『柏崎・トルコ児童絵画展』のオープニング
テープカットの後で トゥンチュ・アングル大使代理、オスマン・ベキャロール商務部
一等参事官、アイシュギュル・アトマジャ文化広報部参事官のお三方を当協会幹部が
㈱ブルボン様にご案内したものです。
ブルボン様本社(柏崎市松波町)へ到着したのが午後2時30分、約2時間を掛けて、
先ず 応接室でブルボン様の企業理念、工場施設、生産品目、などの概要をお聞きし、
その後に工場を案内して頂きました。
先ずトルコ大使館幹部の皆さんからは、お菓子を試食され『とても美味しいですね。
どのように開発されているのですか?』と製品開発についての質問が、また、
工場内では 行き届いた衛生施設、清潔で広大なラインを見学しお三方も感嘆しきり
でした。
今回の企業見学ではご多忙にもかかわらず㈱ブルボン様の浅野常務様、
山崎取締役様はじめ多くの皆様に歓迎して頂きました。トルコ大使館幹部の皆様からも
深く感謝の意を述べられ5時頃帰路につきました。
柏崎トルコ友好協会
会長 高橋篤一
今年も3月9日~17日までの9日間、柏崎ソフィアセンター(図書館)で柏崎トルコ児童
絵画展が開催されました。
例年のようにアンカラの中等教育私立校 テビフィック、フィクレット校児童の描いた
作品51点と柏崎小学校児童の作品50点が展示されました。
さらに今年は 特別に1999年トルコのマルマラ地方を襲った大地震の被災地児童
から、東日本大震災の被災者を勇気付けるために送られた56点の作品も同時に展示
されました。
マルマラ地方の子供たちの絵は『私たちは皆兄弟、地震に負けずに頑張りましょう』
『心はいつも一緒です』等などと 被災者への激励のものが大半でした。さらに
マルマラ地方からは、マルマラ地方の児童が描いたポストカードが柏崎トルコ友好協会
宛に300枚贈られたので、絵画展開会中に福島から柏崎へ避難されている方々に
(柏崎には1700人ほどが避難生活を送っている)会場で贈られました。
3月9日のオープニングには 在京トルコ共和国大使館よりトゥンチュ・アングル大使
代理、オスマン・ベキャロール商務部一等参事官、アイシュギュル・アトマジャ文化
広報部参事官のお三方から駆けつけていただき、柏崎からは 会田 洋 柏崎市長、
相沢陽一柏崎文化協会会長、今井元紀柏崎地域国際化協会会長、山崎高美教育
委員会委員長、小林 豊柏崎小学校校長先生、当協会高橋会長らと共に柏崎小学校
6年生児童74人、大勢の市民、会員の見守る中でテープカットがなされました。
また、出展作品者には当協会から感謝状が、児童全員にトルコの『栞』が送られ
大使館のお三方から児童に手渡されました。
テビフィック校より日本の歌『さくら・さくら』を歌った合唱のDVDがこの絵画展に
あわせて届き、会場のビデオで流されました。会場を訪れた主婦の方は「とっても
日本語の発音が綺麗でビックリしました。日本の児童も負けないで貰いたい・・・・」等
と感想を述べられていました。
柏崎トルコ友好協会
事務局 佐藤宣祐
3月9日(金)「メトロポリタン松島」を会場として[新生『柏崎トルコ友好協会』第4回総会]
が開催されました。今回はトルコ共和国大使館から トゥンチュ・アングル臨時代理
大使様 オスマン・べキャロール一等商務参事官様 アイシェギュル・アトマジャ文化
広報参事官様の3名をお招きし、また柏崎市長会田洋様 柏崎市教育委員会委員長
山﨑高美様 柏崎地域国際化協会会長今井元紀様 柏崎文化協会会長相澤陽一様
のご来賓を含め総勢75名という大勢の方々からご出席をいただきました。
トルコ共和国大使館において要人3名の方がそろって離館されるのは異例なことと
考えられます。
☆ 第1部総会
総会は昨年一昨年に引き続き協会広報委員長伊藤要一氏の司会で午後6時定刻に
開会。議長には会則に従って高橋篤一会長が就き議事が進行されました。
事務局よりの平成23年度事業報告・平成23年度会計報告及び監査報告がされた
後、平成24年度事業計画(案)・会計予算(案)の審議に移り満場一致で承認され
ました。
主な事業計画は次の通りです。
① 会員数において前年度目標の250名を超える253名の会員となったが実質
250名の維持定着化のため、会費未納入あるいは死亡等による自然減への
補充活動。
② 9%という高い経済成長率を誇り国際社会において存在感が高まり重要性が
増しているトルコ共和国であり、地元産業界・文化界とトルコ大使館とのパイプ
作りに寄与できないかを検討し実行に移す。
③ 3月9日(金)~17日(土)まで[第3回柏崎トルコ児童絵画展]が柏崎ソフィア
センターで開催される。この絵画展は3月(春)に柏崎で11月(秋)にトルコの
首都アンカラで交互に開催されているが今後も継続することで、柏崎市に
おいては6月の「えんま市」7月の「海の大花火」と並んだ3大名物行事に
育てたい。
④ 昨秋は「南紀旅行」で串本町トルコ文化協会との思い出深い交流会が実現
できたが、本年度は他の国内トルコ友好団体(砺波or寒河江)との交流を
企画したい。
⑤ 現会員253名のうち15名が関東地区に居住されているが総会等柏崎での
行事に参加することが距離的に困難な面があり、4月に「柏崎トルコ友好協会
関東支部(仮称)」の立上げを行ないたい。初代支部長に村山貞一氏を予定。
⑥ 既に実施済であるが、昨年8月に準備後延び延びになっていた当協会会員で
日展理事でいらっしゃる鋳金作家原益夫先生(柏崎市在住)の作品
「エンドレス“月”」のトルコ共和国への寄贈を2月6日(月)に行なった。
原先生・高橋会長をはじめ12名の会員でトルコ共和国大使館を訪問、今回の
総会にお招きしたトルコ共和国大使館のお三方らのお出迎えを受けて贈呈し、
トゥンチュ・アングル臨時代理大使からは原先生に感謝の意が伝えられ
「トルコ共和国の最も適当な場所に作品を展示する」ことが約束された。
☆ 第2部 特別講話
今回お招きしたトルコ共和国大使館のお三方よりそれぞれスピーチを頂戴し、所要
時間は通訳も含めて45分に及びました。
主な内容は次の通りです。
○ ご講演をいただいた トゥンチュ・アングル臨時代理大使様
(通訳 飯塚千尋氏)
『トルコと日本の友好関係は1890年のエルトゥールル号の遭難事件に始まっている』
『昨年3月の東日本大震災による甚大な被害に心からお悔やみを申し上げる。災害
後の絶望と困難の中で立ち上がった日本人の高潔な精神はすべての賞賛に値する。
昨年10月、トルコ東部においてもM7.2の大地震が起き救援国の中でも日本からは
素晴らしい貢献をして頂いた。この中でボランティア救助活動に貢献していた宮崎さん
が11月の余震で犠牲になるという不運があったが、二つの悲劇は私達の友情が完全
で非常に通じているものだと私達に思い出させた。』
『日本は東アジア地域の中で最も古い友であり安全であると言え、この結びつきを
経済・文化等すべての分野において発展させていきたいと熱望している。』
『柏崎トルコ友好協会はトルコ共和国と柏崎の間の交流を増加させる素晴らしい機会
であり、支援が必要な場合は遠慮なく連絡していただきたい。』
○ ご講演をいただいた オスマン・べキャロール一等商務参事官様
(通訳 矢川副会長)
『昨年この総会に出席している際に東日本大震災が起き多くの被害を受けられた。
亡くなられた方に心から哀悼の意を表する。』
『良き友人である(当協会会員の)小岩さんはトルコと日本の企業を繋ぐ第一人者
として活躍されており、今後も両国の企業が貿易を通じて成功して頂ければ大変
うれしい。』
『私は3年連続で柏崎トルコ友好協会の総会にお招き戴いた。2012年が駐日ラスト
イヤーとなるが皆様とは温かくホスピタリティあふれる友好関係を築かせていただき
何度御礼を言っても言い切れない位感謝の気持で一杯である。』
『日本トルコ両国の友好が永遠に続くことを心から願っている』
○ご講演をいただいた アイシェギュル・アトマジャ文化広報参事官様
(通訳 矢川副会長)
『初めての訪問だが、柏崎がトルコの文化の振興に多大な結果をもたらしたこと、
相互の温かい友情を保持することに最善を尽くしてきたことをよく知っている。』
『日本滞在の2年間にこの国が文化の大切さを深く理解し、国の文化的資源を
大事にすることに驚異的な配慮を払ってきたことも知っている。』
『トルコも同様に文明の発露を深く鑑賞する先進国の一つであり、数世紀を通して
多くの異なる文明の発祥地であった。』
『トルコの暮らしは多様な文化にかかわって出来上がってきた。トルコ国民は外の
文化も高く評価してきたし他の国民性にも極めて寛容に接してきた。トルコ文化は
異なるものへの寛容と尊敬で特徴づけられてきており、これは私達の豊かさと
力強さの源である。』
『トルコ料理はまた多様な文化の反映でもあり世界でも卓越した料理である。
イベントの際にトルコ料理活動を企画するのでウエブサイトをフォローして下さい。』
お祝詞をいただいた会田柏崎市市長様 相沢柏崎文化協会会長様
☆ 第3部 懇親会
7時15分より会場を移して伊藤要一氏の司会のもとに懇親会が開催されました。
開会に先立ち、昨年の3月11日に発災した東日本大震災の犠牲者の方々に
対して黙祷が捧げられました。
高橋会長の挨拶・ご来賓のトゥンチュ・アングル臨時代理大使様
会田洋柏崎市長様 今井元紀柏崎地域国際化協会会長様のご祝辞のあと、
日本とトルコ両国の交流親善に尽力されたとして高橋会長と今井会長の両氏に
対してトルコ共和国よりトゥンチュ・アングル臨時代理大使様から夫々記念品の
贈呈がなされ、柏崎文化協会相澤陽一会長様の乾杯ご発声で宴が始まりました。
大使代理より当協会及び柏崎地域国際化協会へ記念品が贈られる
トルコ大使館のお三方を囲んでの歓談風景が随所でみられました。
通訳の飯塚千尋さん(当協会会員。昨年に引続きお願いしたが今年は東京の大学生
となって)や英語にご堪能の矢川副会長を介して、あるいは語学力に自信のある?
会員は通訳を介さず自ら…。
途中で恒例の大抽選会が催されました。今回は協会提供のトルコのお酒『ラク酒』・
トルコを代表する女流陶芸家ニメットバルルさんの絵小皿のほか、会員企業様からの
協賛品提供により出席者の半数が当選するという高確率の抽選会となりました。
協賛品として㈱ナガイ様の『工具箱』、メトロポリタン松島様の『温泉入浴御招待券』、
㈱吉原工業様の『いちご狩1kg無料券』、夫々多数のご協力を頂きました。
ご協力に感謝申し上げます。
8時50分に当協会運営委員で初代関東支部長就任予定の村山貞一氏(横浜在住)
が中締め、事前準備されたトルコ語Tesekkurler(ティシェキュルレル=ありがとう)の
唱和を含めたユニークな中締めで会場は最後まで大いに盛り上がったなか9時に
懇親会はお開きとなりました。
明るく和やかな雰囲気の懇親会
中締めの挨拶は初代関東支部長の村山貞一氏
柏崎トルコ友好協会の高橋篤一会長ら同協会会員12人は6日、東京都渋谷区
にあるトルコ共和国大使館をたずね、市内の鋳金作家で日展理事の原益夫さんの
作品「エンドレス・月」を寄贈した。トゥンチュ・アングル臨時代理大使はじめ、
オスマン・ベキャロール一等商務参事官、アイシェギュル・アトマジャ文化広報参事官
らが出迎え、作品を持参した原さんに感謝の意を伝えるとともに作品を最も適当な
ところに飾ることを約束した。原さんも「大勢の人から見てもらえることが一番」として
飾る場所については大使館側に一任した。
この寄贈は、一昨年、同協会がトルコ共和国の首都アンカラにあるトルコ日本基金
文化センターを訪れたとき、同行した原さんが日本文化をもう少ししっかりとした形で
紹介したいと考えたことから実現した。
寄贈の「エンドレス・月」は2008年「日本現代工芸美術展」に出品した作品。
月をイメージしており、トルコ共和国の国旗にも月が描かれているところから選ばれた。
大きさはタテ32㌢、ヨコ52㌢、奥行き13㌢のブロンズ製。
贈呈式を終えた後、3月9日から市内で開催予定のトルコ・日本児童画展について
懇談。トゥンチュ臨時代理大使の提案で東日本大震災の被災者を元気付けるため、
トルコのマルマラ市の児童が描いたポストカードや絵が現在、国内で巡回している
ことから、この中のいくつかの作品も飾ることになった。マルマラ市は1999年に
マルマラ大地震に遭っている。
トゥンチュ臨時代理大使ほか2人の参事官は児童画展のオープニングに参加する
ほか、柏崎トルコ友好協会の総会にも出席してスピーチを行うことも決まった。
トルコ大使館の要人3人がそろって出席することは異例。高橋会長は「柏崎トルコ友好
協会の活動がようやく認められた」と喜びを表していた。今回の訪問団の中には3人の
会員が都内から参加しており、近く首都圏在住者15人で関東支部の立ち上げも
計画中だ。
トルコ共和国大使館を訪れて原益夫さんの作品を寄贈した柏崎トルコ友好協会の
メンバーと大使館の要人ら(前は原益夫さんの作品・エンドレス)
柏崎トルコ友好協会
会長 高橋篤一
新年明けましておめでとう御座います。
昨年の当協会の総会と第2回柏崎、トルコ児童絵画展初日は3月11日でした。
その日の午後3時前に東北地方は大震災と大津波に襲われ、日本中は悲劇の
どん底に落とされたのです。当協会総会は当然ながら欠席者もかなり出ましたが、
曲がりなりにも開催し、児童絵画展は翌日一日のみ休み翌々日には再開することが
出来ました。
しかし翌日3月12日の早朝には北信濃を震源とする地震で柏崎は震度5の
大揺れに見舞われるという正に悪夢の2日間でした。今尚、その日の深い爪痕に
東北の方々はもちろんの事、日本中が悩まされ続けています。
今年が穏やかで安寧な日々が続く事を強く祈念するのみです。
昨年は世界史にも残るような 中近東での民主化の嵐が吹き荒れました。
中東の春への嵐がこのまま収まったとは思われません。それと共に
注目されているのがトルコです。
ご存知のように、トルコは 地理的にはアジアとヨーロッパの架け橋であると共に、
ロシアなどの北東ヨーロッパの国々とアフリカとの架け橋でも有ります。
さらに宗教思想的には建国以来 政教分離が国是であり キリスト教の国々とも
イスラム圏とも双方に太いパイプと良好な関係の深い国でもあります。
さらに近年のトルコの経済成長率は10%に達するほどで、世界の中でも最上位の
経済成長率を誇っています。
今年は世界的にもトルコの重要性は益々高まる事が予想されます。
私達の新生柏崎トルコ友好協会は2009年7月に再発足してより3年目に
入ります。お蔭様を持ちまして、当協会は順調な歩みを続けて参りました。
会員数も当初15名でしたが発足総会時で30名、現在は240名程となり
目標の250名まであと一息となりました。
また、当協会の継続事業である柏崎とトルコ児童の絵画展もトルコ、柏崎での
交互に開催し現在はトルコの首都アンカラのテビフィックスクールで開かれています。
今年3月には柏崎ソフィアセンターでの第3回の『柏崎トルコ児童絵画展』開催に
向けての準備を進めています。
昨年11月、当協会員20名は 日本とトルコ120年の友好基点地であり温暖で
風光明媚な串本町を訪問し、串本トルコ友好協会様、田嶋串本町町長様始め議会の
皆様、町役場の方々から大歓迎を受けました。今なお串本の皆様への感謝の気持ちは
当日の感激と共に心をよぎります。是非 串本町トルコ文化協会様からも柏崎を
訪問して頂き、交流の輪を広げ大きく育つ事を念願しています。
日本各地にはトルコとの友好姉妹関係にある都市が6箇所有ります。
近くにはチューリップの富山県礪波市、さくらんぼの山形県寒河江市があります。
これらの日本国内の志を同じくする皆様とも友好交流を深める事も
意義深いのでないでしょうか。
当協会会員で日展理事である 原 益夫氏の作品『エンドレス “月” 』をアンカラの
トルコ日本基金文化センターへ寄贈する事を23年度の事業計画として立てましたが、
トルコ大使館様の都合で昨年は実現せず歳を越しました。今年2月には
在日トルコ大使館での贈呈式を執り行いたいと考えています。正式には1月18日の
当協会役員新年会で決める予定ですが、当協会の仲立ちのもとで原氏から直接
大使館の代理大使(現在大使は本国での重要な業務に就かれ不在中)に手渡して
いただければと思います。その際、当協会の役員会員15名~20名は原氏と共に
小型バスで渋谷のトルコ大使館を訪問する予定ですが、日時が具体化しましたら
このホームページでもお知らせ致します。
今年3月の当協会にはトルコ大使館より柏崎と縁の深い商務部一等参事官の
オスマン様と共に文化広報参事官、大使代理のお三方をお招きしたいとも
考えています。これから日程等を摺り合わせ 是非御越し頂き 柏崎の産業界、
文化界とのパイプ作りと当協会へのご指導を賜われば幸と考えています。
今年も『柏崎トルコ友好協会』は明るく元気で素直《教育用語で“明元素”メイゲンソ》
なニュースを発信したいと考えています。決して暗く病的で反抗的
《教育用語で“暗病反”アンビョウタン》に陥る事は致しません。
さらに当協会が明るく充実し成長する歳にしたいと決意を新たにしております。
会員の皆様にとりましても、また日本とトルコにとりましても今年が幸多い一年で
有りますことをお祈り申し上げ、新年のご挨拶と致します。
012年1月10日 トルコ大使館商務部一等参事官室にて。
オスマン・ベキャロール様、当協会総務委員小岩敏之氏と共に
荒川 實
2日目(11月21日)
柏崎から出発して和歌山県南端の町 串本まではやはり遠い。42号線をくねくねとよく此処まで来た。
今日は晴れ、世界遺産の那智の滝、那智大社へと向う。途中バスの風景に驚きの声が上がった。沿道脇の家々、橋、杉やヒノキの大木など あちこちで無残に倒壊していたからだ。先般9月 台風12号の進行速度が遅かったため、紀伊半島を中心に大豪雨となった。大量の土石流の爪跡を目の当たりにした。この姿を見ているうちに思わず涙が出た。25名の犠牲者と1名の行方不明者があったという。
那智の滝はごうごうと流れ落ちていた。落差130メートルの大きな滝だ。
『神にませば まことうるわし 那智の滝』 虚子
那智大社、西国一番札所の青岸渡寺の参拝では467段の石段は一人一人に体力と年齢を厳しく感じさせた。それでもみんな杖をつきながらも頑張りとおした。
勝浦市内でまぐろ三昧昼食は美味しかった。
5時頃ようやく高台の 鳥羽シーサイドホテルに着いた。部屋からの眺めは素晴らしい。
夕食時に皆1分間スピーチを行った事で一気に和やかな雰囲気となった。特に矢川副会長さんの柏崎甚句の唄と踊りでみなの気持ちが一つになり今夜も盛り上がった。
① 那智大社と那智の大瀧
3日目(11月22日)
今朝も晴れるが風が強い。
二見が浦夫婦岩へ向う。太くて重いしめ縄が縁結びのシンボルで知られる夫婦岩を
しっかりと結んでいた。これだけは何十年前の高校修学旅行で来た時と同じ姿だった。
次に伊勢神宮へと向った。
外宮から内宮へ入った。2000年以上の歴史を持った社に向かい大鳥居をくぐった。さすがに神神しく厳かな雰囲気の中に入った。皆 深く頭を下げ参拝していた。私も家族の無事と幸せを祈った。
その後、熱田神宮も参拝した。
皆晴れ晴れとした気分でセントレア空港へ向った。
この度の旅行も素晴らしかった。3日間がアットいう間の感だった。高橋会長さん、
矢川副会長さん、第一旅行の田中さんの気配りに心より感謝いたします。
それにも増して参加者一人ひとりの優しい心遣いが楽しい旅、大きな思い出の旅になったと思います。
本当に有難うございました。
第1日 11月20日(日) 矢川悦郎
慰霊碑前の交流
一行21名、早朝5:15美野屋前出発前夜から一睡もしないで興奮気味の女性も数人あったようである。ウーマンパワーの凄さは以後3日間絶え間なしに発揮されたようである。西川正純さん、山田哲治さんの参加を得ての出発は大いに盛り上がった。
新潟空港からのフライトは快適そのもので、予定通り伊丹空港に到着した。さあこれからがバス観光。大阪第一交通のガイドさんがこれまた「大玉」であった。
第一旅行の田中さん懇意(あるいはもっと親密な・・・?)のガイドさんで乗客の話す合間がないほど「立て板に水」と言うよりも「鉄砲水」のガイドぶり。時には我らに質問をぶっつけて、答えに窮すると容赦ないこきおろし、しかし嫌みのないあっさり対応なので以後車内では退屈することがなかった。
阪和道は「だんじり」の堺を過ぎて一路白浜温泉へと走る。円月島をバックに撮影終えて昼食と相成った。アルコール所望もあったがそこは品性のよさを自認する村山貞一さんに倣って「串本のみなさんのひんしゅくを買わないように」と自重した。
三段壁を「三段腹壁」などとジョークを飛ばして本州最南端潮岬を探訪。いよいよ本旅のメーン訪問地 エルトウールル号遭難碑のある樫野崎に到着。串本トルコ文化協の美女連が花束を携えてお迎えをしてくれた。
これだけでも感激なのに「歓迎のご挨拶」を頂戴してさらに感激。
山田哲治柏崎市副市長の献花、鎮魂の拝礼を済まして少し離れた丘に建つ「アタチュルク騎馬像」に向かった。昨年の柏崎からの移設建立除幕式も胸に迫るものがあったが、今回は「所を得た像」がもっと安定して見えた。
西川さんの献花と高橋会長の「嫁に出した娘に会いに来た」の言葉が印象深く心に残った。
宿泊は串本ロイヤルホテル。高台にあることから日の出を見るのに絶好な場所とのお知らせもあったが朝寝坊してしまって実現しなかった。
夜の交流会は今回の旅の圧巻であった。串本町長 田嶋勝正さん、議会議長 濱田勝裕さん、議会議員 沼谷美次さん、串本町産業振興課長 堀口徳弘さん、町長ご夫様等々 たくさんの方々の参加をいただいてのパーテイ。双方の名士、代表の挨拶の後、当ホテルご自慢のグルメに舌つづみを打った。
飲むほどに、酔うほどに交歓の宴は佳境に入った。まずはご当地の御婦人方によるトルコ民族舞踊。本場のコスチウムで早いリズムの踊りで本場ものであった。トルコ民族舞踊にはたくさんお目にかかっているが、これだけ整った踊りにはなかなか出会わない。トルコへの熱い思いがなせる業と感服した。最後は参加者全員を誘い出て手を繋いで踊って交歓した思いは 今でも手の平に残っている。
さて、わが方でも荒川 実さんの美声で「三階節」を披露した。皆さんの豆絞りのでたちとあでやかな身振り手振りはさすがでご当地の喝采を受けた。
当夜もう一つ心に強く心に残ったのは、エルトウルル号遭難時に献身的な医療活動をした地元3人の医師の記録であった。当時のトルコより医療費を請求するようと請われても それを見舞金に充てて欲しい、ひたすらお助けしたい気持ちだけです・・・・。
日本のだれかに読んでもらいたい気がした。
『串本トルコ文化協会』女性会員によるトルコ民族舞踊
トルコ語一口講座
おはよう・・・ ギュナイドン こんにちは ・・・メルハバ
ありがとう・・・テシェキュレデリム どういたしまして・・リジャエデリム
お元気ですか?・・・ナッスルスヌス? いくらですか?・・・カチュパラ?
(11月21、22日の報告は次回 荒川實氏より掲載していただきます。)
西川 正純 (前・柏崎市長)
初めて訪れた南紀の空は、陽光燦燦(さんさん)、南国のような眩しさで歓迎してくれた。
かって我が柏崎のトルコ文化村に威容を誇ったアタチュルク像が、縁あって昨年串本町に移設寄贈されたことをきっかけに、柏崎トルコ友好協会の面々20名余がはるばる同町を訪問のこととなった。太平洋を眼前に見下ろしながら、堂々の構えのアタチュルク像を見上げ、訪問団一同は遠くに嫁に行った娘の幸せを噛み締める心境であった。
歓迎交流会での田嶋串本町長、そしてトルコ文化協会のご夫人方の熱烈歓迎ぶりにも、「嫁ぎ先の良き家風」を見た思いで、安堵の旅であった。
献花の西川正純さん
1996年柏崎トルコ文化村
開所除幕式に献花される西川市長(当時)
柏崎トルコ友好協会
会長 高橋 篤一
昨年2010年には、南紀串本町大島の樫野埼灯台下岩礁でトルコ軍艦エルトゥルル号が難破、大島島民の献身的な救助活動により69名のトルコ人乗組員が救助されて120年目に当たり盛大な慰霊祭が串本の海と陸で催されました。そして日本とトルコの友好親善交流の基点は1890年の串本町に有ります。串本を見ずして日本とトルコを語る事はできません。
かって柏崎にはトルコを紹介するテーマパーク『柏崎トルコ文化村』がありました。
テーマパーク入口にはトルコ本国政府より贈られた「トルコ建国の父 ケマル・アタチュルク」の騎馬像が堂々と建っていました。テーマパークの開所式と除幕式は当時の三笠宮両殿下をお招きし盛大に執り行なわれました。しかし残念ながら2度の大震災により像だけでも4.2メートルの高さの有る大きなブロンズ像は倒壊の危機に瀕し止む無く台座より下ろされたのでした。その移設先が串本町樫野埼灯台のある芝生広場で、エルトゥルル号慰霊碑のすぐ近くに建立されることとなり昨年6月にエルトゥルル号殉難慰霊祭と共に除幕されました。いわば柏崎から串本町へのお嫁入りでした。
これら2つの理由で 23年度の『柏崎トルコ友好協会』の主要行事の一つとして串本町を訪れる事となりました。心を込めて私たちを歓迎していただいた串本の皆様との出会いは感動の連続でした。ここに一端を紹介いたします。
①地元の『串本町文化協会』の皆さんと初めてお会いしたのがエルトゥルル号慰霊碑前。私たちを待ち受けておられた会長の丸石恵子様のお言葉「柏崎の皆様とは初めての出会いとは思われない・・・」「このケマル・アタチュルク像のお蔭で柏崎の皆さんとお会いできました・・・」で、すっかり感激、800キロメートルの長旅も忘れて両協会メンバーは打ち解け合いました。
② 丸石様から用意して頂いた生花で、「エルトゥルル号慰霊碑」に山田哲治柏崎市副市長による献花と全員深々と敬礼。さらに 少し歩いて、樫野埼灯台のある芝生で柏崎から串本に嫁いだ「アタチュルク像」に再会。西川正純前市長による献花と全員での敬礼をしました。西川さんとアタチュルク像とは不思議な縁が有ります。かっての「柏崎トルコ文化村」開所除幕式には三笠宮様と共に市長としてこの像に献花し、花を手向ける事、実に2度目です。
私たちも往時の思い出が迫る感激の一瞬でした。
エルトゥルル号慰霊碑に 慰霊碑前にて。両協会会員
献花される山田副市長
③ 柏崎トルコ友好協会の皆さんが特にビックリしたのは太平洋を眺める「アタチュルク像」が実に堂々としていたことです。台座も柏崎時代より50センチほど高く、総高さは8メートルくらいでしょうか。さらに銅像も周囲も素晴らしく綺麗に整いられ掃き清められ清掃されていました。
アタチュルク像前にて
④ 串本町トルコ友好協会丸石会長の言によれば「田嶋串本町長はエルトゥルル号遭難の9月16日に因み毎月16日にはこの慰霊碑を参拝されます。」との事。 心に染入るお話でした。
交流会開会のご挨拶
丸石串本トルコ文化協会会長
⑤ 夜の『串本町トルコ文化協会』と『柏崎トルコ友好協会』との交流会は串本ロイヤルホテルで執り行われ司会進行役は田嶋町長夫人です。
先ず、田嶋串本町町長より歓迎のご挨拶。そして最近大島のお寺から発見された古文書をご披露して頂きました。内容は「エルトゥルル号遭難者の乗組員は殆んどが船の爆発により大火傷を負っていた。治療に当たっていた地元の医師3人はトルコから支給される治療費を受け取らず、被災乗組員への見舞金に当てて下さい・・・」当時の県知事と3人の医師のやり取りの文書であり感動的な逸話でした。そして「これらの出来事を是非 映画化したい」との決意を述べられました。また、当夜の飲み物は田嶋町長よりのご馳走と聞いて当協会員は、ビックリし感激でしました。
歓迎のご挨拶 田嶋串本町町長
司会進行役の田嶋町長夫人
⑥ 串本町町議会議長の浜田さんから、「エルトゥルル号事件の95年後のイラン・イラク戦争で日本人二百数十名がトルコ航空機によりテヘラン空港より救出さられたのはエルトゥルル号遭難者を献身的に救助した大島島民へのトルコ人の恩返し。是非この史実を日本の義務教育教科書に載せたい。柏崎の皆さんと手を携えて運動しましょう。」とのお話に大きな拍手となりました。
⑦ 当日ご出席の串本のお二人 松本さん、沼谷さんから「私はとトルコよりトルコの名前を頂いてます。・・・」
とのお話。当方では予想も出来ないトルコと串本町との歴史的な結びつきな深さに感動させられました。
⑧ 圧巻は『串本町トルコ文化協会』によるトルコの民族舞踊でした。トルコ民族衣装に着替えられた婦人会員が本場トルコで見るよりも上手なのでは・・・と思わせる素晴らしい舞踊で、すでに10年に及ぶ練習を積み重ねられ各種のイベントにも参加されているとのことです。
謝辞を述べられる山田副市長
串本の皆様と一緒に・・・。左:山田副市長 中央:佐藤さんと田嶋町長
串本トルコ文化協会員によるトルコ民族舞踊
このようにして、楽しくも感動の連続に彩られた交流会の夜は更けてゆきました。
串本町の皆様に心より厚く御礼申し上げます。
またの再会を約して・・・・。
串本町の皆様 有難うございました。
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